こんにちは。民泊ホストのマサルです。今回は私の民泊についてお話させていただきます。
◆ 始めたきっかけ
私が民泊を始めたのは2015年、タイでの会社清算を経て帰国し、今後の生活の糧を模索していた頃でした。転機はタイ語学校の校長先生から「日本へ行くタイの友人たちの宿を新宿で探してほしい。予算は1人1泊5千円」と頼まれたことです。新宿でその価格の宿は見つからず、紹介されたのがAirbnbのサイトでした。画面を見るうちに「これなら自分にもできる」と確信。当時存命だった母に相談すると「やりたいなら使いなさい」と2世帯住宅の空き部屋を快諾してくれ、翌月には最初の予約が入りました。現在は母のフロアも転用し、3部屋で家主同居型の民泊を運営しています。
こちらは、常連のゲストさんとの夕食での一コマです
注)音が出ます
◆ 宿での温かい思い出と、地域とのつながり
民泊の魅力は、日本にいながら世界中を旅しているような気分を味わえることです。気心が知れたゲストさんは、私達夫婦に会うために何度もリピートしてくれます。中には12回もリピートし「ここは私の日本の家」と言ってくれるタイの女性もおり、可愛い娘が増えたようで幸せです。
運営では近隣への配慮を最優先し、駅からの送迎を行うことでスーツケースの騒音を防いでいます。今では隣のご主人が送迎を申し出てくれるほど地域に馴染み、元自衛隊パイロットの隣人とアメリカ空軍勤務のゲストさんが意気投合する嬉しい一幕もありました。
また、ゲストさんとの距離感も大切にしています。一縷の望みをかけて来日したタイの末期癌患者さんの通訳を買って出たり、失恋して傷心の中国の女性のために他のゲストと毎晩ミニパーティーを開いて笑顔を取り戻してもらったり。大阪行きの足が途絶え途方に暮れていたフィリピンの青年を助けた時は、その秋に「あなたに再会したい」と再び泊まりに来てくれました。
こちらは、旅の思い出にと描いてくれた私達の似顔絵です。


◆ 民泊がもたらしてくれたもの
民泊は、人生に素晴らしい「張り」を与えてくれます。私の母は末期の膵臓癌で余命3ヶ月を宣告されましたが、民泊を手伝いゲストと接する中で、宣告後5年間も元気に暮らすことができました。
気張る必要はなく、自然体でゲストと対等に接していれば、いつしか自分のスタイルが確立されていきます。まだ見ぬ世界とつながる扉を開いたことで、私の人生は今、とても豊かなものになっています。

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